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東京地方裁判所 昭和53年(ワ)4823号 判決

原告 前田産業株式会社

被告 北見長太郎

主文

別紙債権目録記載の債権は被告に移転していないことを確認する。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文第一、二項と同旨。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  訴外富屋五郎は、訴外株式会社行川アイランド振出の別紙約束手形目録記載の約束手形六通(以下本件手形という)をいずれも支払期日に支払のため支払場所に呈示したが、会社更生法による財産保全処分中であることを理由に支払がなされなかつた。

右訴外会社は昭和五一年四月一四日東京地方裁判所昭和五一年(ミ)第一号をもつて更生手続開始決定がなされ(以下右会社を訴外更生会社という)、訴外富屋五郎は昭和五一年五月三一日付をもつて、前記約束手形六通合計金一七七五万三〇〇〇円について一般更生債権として届出をなし、管財人により一般更生債権として債権者表に記載された。その後、管財人より同届出債権につき四割免除、六割を左記のとおり支払うこととする更生計画案が提出され、同計画案は所定の手続を経て、昭和五三年四月一日東京地方裁判所において認可された(以下右計画による債権を本件債権という)。

(1)  昭和五三年九月三〇日 金七七万七八七五円

(2)  昭和五四年から昭和六一年まで毎年九月三〇日 金一一〇万一五四七円宛

(3)  昭和六二年九月三〇日 金一一〇万一五四九円

2  原告は訴外富屋五郎より本件手形六通を昭和五三年四月七日裏書譲渡を受け、現に所持している。

3  被告は、訴外富屋五郎との間の東京法務局所属公証人福島逸雄作成昭和五〇年第七七〇号金銭消費貸借公正証書の執行力ある正本に基づき、被告が同訴外人に対して有する金一〇〇〇万円の元本債権の内金二四四万一八〇〇円及び右元本債権一〇〇〇万円に対する昭和五〇年七月一日から昭和五三年三月三一日まで年三割の割合による遅延損害金の内金八二五万円の弁済にあてるため、東京地方裁判所に対し、前記富屋五郎の訴外更生会社に対する本件債権の差押並びに転付命令の申請手続をなし、同裁判所は昭和五三年(ル)第一六五二号、同年(ヲ)第四六二二号をもつて、昭和五三年四月一八日差押、転付命令(以下本件差押転付命令という)を発した。

右命令における差押債権は左記のとおり表示されている。

一  金一〇、六九一、八〇〇円也

但し債務者(富屋五郎)が第三債務者(訴外会社)に対して有する左記支払方法による認可された更生計画に基づく弁済金の合計金

(一)  昭和五三年九月三〇日 金七七七、八七五円也

(二)  昭和五四年から昭和六一年まで毎年九月三〇日 金一、一〇一、五四七円也宛

(三)  昭和六二年九月三〇日 金一、一〇一、五四九円也

4 しかしながら、原告は訴外富屋五郎の訴外更生会社に対する手形債権を第2項で述べたとおり有効に譲受けているから、その后に被告が右債権について差押え、転付命令を得たとしてもその効力のないことは明らかである。また、一般更生債権として届出られた債権は、届出られた原因債権とその性質を異にするものではないから、被告が訴外富屋五郎の訴外更生会社に対する約束手形債権を有効に差押えるには、民事訴訟法六〇三条に基づき、執行官をして右約束手形を占有してなさねばならない。にもかかわらず被告は同手続をしていない。したがつて、前記東京地方裁判所のなした差押及び転付命令は効力がない。

5 原告は本件約束手形を取得したので会社更生法一二八条に基づき更生債権の承継者として届出名義人の変更申請をしたのであるが、更生管財人より、右転付命令が形式上存在する限り、その受理をしない旨回答を得たので、請求の趣旨記載の判決を求める。

二  請求の原因に対する答弁

1  請求の原因1の事実は認める。

2  同2は不知。

3  同3は認める。

4  同4は争う。

三  被告の主張

1  本件差押転付命令は有効になされたものである。すなわち、更生債権者表への記載は、会社及び債権者に対し確定判決と同一の効力を有するものであり、手形債権といえどもその効力に服し手形金額は変更されまた支払方法も変質せざるを得ず、手形による強制執行はなく更生債権者表に基づく強制執行のみが可能となるだけである。手形の所持人であつても更生債権者表の記載がなければ会社には対抗できず、手形が譲渡されたとしても更生債権者表の記載の変更がなされていない場合には、その譲渡は会社には対抗できず第三者としてもその記載のみを有効として扱わざるを得ず、記載の変更なき譲渡は第三者にも対抗できないと解すべきである。かかる場合には民訴法六〇三条による手形自体の執行官への占有移転は必要でなく、更生債権者表の記載に基づいてなした差押転付命令は、手形自体の執行官への占有移転がなくても有効になしうると解すべきである。

2  本件各手形が昭和五三年四月七日に訴外富屋五郎から原告に裏書譲渡されたとしても、原告は右譲渡につき振出人である訴外更生会社に対しその手続をとらず、右富屋と通謀のうえ、これを訴外富屋五郎名義のまま放置していたのであるから、善意無過失で富屋を権利者であると信じた第三者である被告に対して、その外観を維持した者の責任として、自己に権利の存することを主張することは、通謀虚偽表示もしくは禁反言の原則により許されない。

第三証拠〈省略〉

理由

一  請求の原因1及び3は当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第一号証の一ないし六によれば同2の事実を認めることができる。

二  そこで、本件差押、転付命令の効力について判断する。

本件差押転付命令は差押債権を請求原因3記載のとおり更生計画に基づく弁済金と表示しており、そのため差押手続は通常の債権差押の手続によつて行なわれ、民事訴訟法六〇三条に規定する執行官による手形の占有はなされていない。

被告は更生計画の更生債権者表の記載に基づいてした差押転付命令は、手形自体の執行官への占有移転がなくとも有効であると主張している。

しかし、訴外富屋五郎が訴外更生会社に有していた債権は手形債権であり、これが更生計画により請求の原因1に記載したとおり、合計金一七七五万三〇〇〇円のうち金七〇六万一二〇〇円を免除し、その残額を昭和五三年九月三〇日から昭和六二年九月三〇日まで分割して支払うよう変更されたものである。

ところで更生計画認可の決定があつたときは、更生債権者の権利は更生計画の定に従い変更される(会社更生法二四二条)が、本件においては右のとおり計画の内容は、債務の一部を免除し支払の期限の猶予を定めるだけであるから、右計画により変更されるのは債権の額、弁済期にすぎず、債権の性質そのものが変更されたと解することはできない。

したがつて、訴外富屋五郎の訴外更生会社に対する債権は、更生計画認可の決定がなされた後においても手形債権であることにかわりはない。

なお被告は手形が譲渡されても更生債権者表へ記載されなければ更生会社及び第三者に譲渡を対抗できないから、更生債権者表の記載に基づいてなされた差押転付命令は手形自体の執行官への占有移転がなくとも有効であると主張しているが、更生債権の届出名義の変更という問題が生ずるのは更生計画認可の決定がなされるまでのことであり、同認可決定後に債権を取得した者は更生会社に対しその取得を立証し、更生計画に基づく弁済を受けられるのであり、通常の債権の譲渡の場合と何ら異ならないから、被告の右主張はその前提を欠くものであり採用できない。

したがつて、訴外富屋五郎の訴外更生会社に対する債権は手形債権であるから、その差押は執行官が手形を占有してなすべきであり、また本件各手形を裏書により譲り受けた場合には、右債権を譲り受けたことになるというべきである。

三  三、2記載の被告の主張について

更生計画の認可決定後は更生債権の届出名義の変更という問題が生じないことは前記のとおりであるから、原告が更生計画認可決定後に本件各手形の譲渡を受けてから、更生債権者表の届出名義の変更をしていないからといつて自己に権利の存在することを主張することが許されなくなる理由はない。したがつて、三、2記載の被告の主張は認められない。

四  以上のとおり、本件差押転付命令は差押債権が手形債権であるのに執行官による手形の占有がなされていないから、無効なものであり、これにより本件債権は被告に移転していない。一方原告は本件各手形の裏書譲渡を受け本件債権を取得しているところ、被告はこれに対し、本件差押転付命令が有効であり本件債権を取得している旨主張しているから、原告の本訴請求は理由がある。

よつて、原告の本訴請求を認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 房村精一)

(別紙)債権目録〈省略〉

(別紙)約束手形目録〈省略〉

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